第1章 千里の行も足下より始まる
気を取り直して、愛は仕事に戻った。
仕事と言うが、正室としての愛の主な仕事は、侍女たちの統轄だ。
愛が手ずから家事をするわけではなく、炊事は水仕女が、掃除は侍女が、針仕事は御針が担当する。愛は、実際に手を動かして働く侍女たちを、指揮という名目で眺めていればよい。
米沢城は三春城とくらべると広大だが、その分、抱えている人間も多い。
日が中空に架かるころには、夕餉の準備を除いた家事のいっさいは、粗方が済んでしまう。
つまり真昼九つ(午後12時ごろ)を過ぎるころには、愛の仕事はほぼ完了している。
そこで愛は、空いた時間を針仕事に充てることにした。
本来、男の装束を仕立てることはその男の母か妻の務めなのだが、妻のいない政宗は、これまで、御針が仕立てた衣装を適当に着ていたらしい。
伊達家普代の臣の中にはそんな政宗の無頓着さを嗤う者もいたらしく、奥向に迎えられた愛は、早々に、御針たちに針仕事の腕前を詰められた。
人並には、といらえた愛に、御針たちが気色ばんだあのさまは、今も忘れられない。