第8章 ※ 誰を愛していたとしても…。
それから数日後の午後、千寿郎とひなたがお台所にいるところに杏寿郎が入ってきた。
穏やかな部屋の空気を変えるほどの、凛とした雰囲気を纏っている。
今日は早めに仕事が終わったようだ。スィートポテトを作っていた千寿郎とひなたは手を止め、思わず杏寿郎を見上げた。
「兄上!お帰りなさい! 」
「煉獄さん、お帰りなさい! 」
甘い香りのするお芋が、手の中で小さなさつま芋のように形作られているのが杏寿郎の目に留まった。一人はコロンと可愛い型に整えられていて、もう一人の手は遊んでいるようにベトベトになっていた。
少し不思議な思いに包まれたが、明るい笑顔で二人に向き合う。
「ただいま。それは、甘露寺が教えてくれたお菓子だな! 」
二人はニッコリと笑って答えた。
「はい!甘露寺さんの教えて下さった西洋菓子です」
「うん!スィートポテトだよ、熱いの」
手をお芋だらけにしてひなたは笑った。
潰したばかりのお芋は熱すぎて困っていた所に、杏寿郎に会えた嬉しさでついつい笑みが溢れた。
「そうか。表面に薄い焦げ目がついていて、美味かった」
まだその形すら見えない、ひなたの手のひらのペーストを見て励ますように杏寿郎は言う。
「ひなた、楽しみにしているぞ!ご苦労様。千寿郎もな」
楽しげに作業していた二人は、顔を見合わせ笑う。
「兄上、今日はお早いお帰りだったのですね。何かあったのですか? 」
天板の上に綺麗に並んだスイートポテトに塗る卵黄を用意しようと、流しで手を洗いながら千寿郎が尋ねると、ひなたの手元を見ていた杏寿郎が力強く頷く。
「ああ。今日はお館様から任務の話があった。詳しくは後で話すが、明日から家を空ける事になると思う」
「そうなのですか⁈ お一人ですか? 」
「いや。千寿郎、ひなたも連れて行こうと思う。お館様の知り合いの所で、ひなたにも縁のある方だそうだ」
千寿郎は少し残念に思った。狭霧山の合宿の時みたいに、自分も行きたい。
「そうですか。ひなたさんと」
「私も行くの⁈ 」
ひなたはきょとんとしている。
「君次第だがな」