第2章 華麗なる危険な時代
「千寿郎、兄だ!入るよ」
千寿郎の部屋の襖を開けると姿はなかった。
「おや、千寿郎は何処へ行ったかな」
厠だろうか。それなら待つか…。朝から少し寂しそうな顔をしていた弟の瞳が浮かんで来て、杏寿郎は初めて胸が苦しくなった。
なんとなく、台所に気配を感じ台所を覗くと、千寿郎は流しの調理台の前に立ち、海苔を握り飯に巻いている。
「千寿郎、そこにいたのか!まだ昼餉には早いだろう」
お昼のご飯まで待てずに、何か食べに来たのだろうか。手伝いの人がご飯を作ってくれるのだから、もう少し我慢してはどうかと微笑みを浮かべた杏寿郎に、千寿郎は頬を染め呟いた。
「あの、兄上…」
「ん?」
「兄上の出発前に、間に合うようにと急いで握りました。兄上に、お元気でいてほしくて…」
千寿郎の小さな手で握られたおむすびが三つ、竹の皮の上に並んでいた。いつもはお手伝いの女性が作ってくれるから、幼い千寿郎が料理をする事はほとんどない。
「千寿郎、ありがとう!とても嬉しい心遣いだ。お腹が減ったら千寿郎の事を思いながらいただくとしよう! 」
「はい! 」
千寿郎は嬉しそうに顔中を笑顔にした。
「兄上、気をつけて行って来てください。兄上のいない間、千寿郎は兄上のご無事を母上に祈りながら過ごします。どうか…ご無事で…」
弟の赤い瞳には涙が浮かんでいた。強く優しく尊敬する兄が、一世一代の時を迎えている。千寿郎は兄を誇らしく思う気持ちと心配する気持ちが入り乱れ、胃の辺りが気持ち悪かった。
そんな千寿郎の思いを杏寿郎は受け止める。
「千寿郎、兄は頑張って最終選別を無事、通過してくる!これは母上の願いでもあり俺の目標でもあった。これからが始まりなんだ。千寿郎の思いと一緒に、俺は、どんな事にも心折れずにやり遂げてみせる」
「あにうえ…」
すすり泣く千寿郎の小さな体を抱き寄せた。