第1章 吉兆を告げる白梅
「はい! 」
杏寿郎は膳を置くと、全身から発するような声で答える。
「千寿郎が可愛いくてなりません。千寿郎がいてくれて、杏寿郎はとても、とても幸せです! 」
「そうか…」
杏寿郎が千寿郎をとても愛しく思っている事は、槇寿郎も良く知っている。毎日、何くれと弟の世話して可愛がり、背中に背負う姿もよく目にしている。
千寿郎が生まれた時から、杏寿郎の喜びようは凄かった。
瑠火と一緒の布団に寝かされている千寿郎の枕元で、小さな弟の手に触れた杏寿郎の指を、千寿郎がぎゅっと握った時、杏寿郎の目には涙が光った。
「千寿郎。兄は、いつでも千寿郎を守る」
槇寿郎と瑠火は、兄になった杏寿郎の頼もしい姿を嬉しく思って視線を交わした。幸せというものを噛み締めた日だった。
槇寿郎の胸の中に、息子達を愛おしく思う気持ちが溢れ出していた。
今日は、縁談という幸せな瞬間に立ち会った事も手伝って、槇寿郎の中に、暫く失いかけていた家族のいる幸せを思い起こさせた。
「杏寿郎…」
お前の事も、千寿郎の事も、父は大切で失いたくない。
そう伝えておきたい。だが、日頃、息子に冷たく当たってしまっているせいで、昔のように上手く伝える事が難しい。
杏寿郎を見つめて、言葉を切り出せずにいる父を見上げて、杏寿郎は笑顔で答える。
「父上、杏寿郎も早く大きくなりたいです!鬼殺隊に入り、父上のような柱となり、お館様にお仕えしたいと思います! 」
杏寿郎の瞳には揺るぎない意志が見えている。
槇寿郎は思わず言葉を失った。
大切な息子と、命をかける鬼殺隊の責務。
どちらも大切だ。だが、今の自分にそのどちらも守る事ができるのか、槇寿郎には分からないでいる。