第10章 恋慕3−1 花の赦し ノーマルEND【家康】
どれくらい探し、彷徨った事だろう。
ふっと
暗闇の向こうに名無しの後ろ姿が見えた。
まるで彼女自身から淡く発光しているよう。
それはすぐに消え入ってしまいそうで、家康は焦りながら叫ぶ。
「名無し!ごめん!!‥‥あんなことして。あんたの心も身体も、俺は無理に暴いた」
「いいの。私も家康の事が好きだから。ずっと前から‥‥」
振り返った名無しは愛らしい笑顔を浮かべる。
「名無し‥‥!!」
まるで全てが細かな光の粒でできているかのように儚い。
膝がガクガクして上手く動かせない足で何とか駆け寄り、抱き締めようとしたが、その手は霞を掴むようにすり抜けた。
微笑みながらくるりと背を向け、歩き出す名無し。
その背中を追いかけて走って、再び抱き締めようとしたがその手はむなしく宙をさまよった。
「あっ‥‥」
ふと気付くと名無しの姿は消えていた。
夢だったのだろうか、それとも幻影‥‥。
「は‥‥ははっ‥‥何て都合のいい‥‥」
自分を嘲り、乾いた笑いが漏れる。
両手で顔を覆い、そのまま項を垂れていた。
ーーーー水の流れる音がする。
名無しの幻影を追って、いつの間にか川辺にたどり着いていたようだ。
何となく吸い寄せられるように川へ向かうと、
「名無し!!‥」
探し求めた愛しい彼女が川辺に倒れていた。
すぐに駆け寄り抱き起こすと、その身体は冷えきっていた。
「名無しっ!!」
濡れて顔にまとわりつく髪をかきわけ、血の気のない頬を撫でると、かすかだが呼吸を感じる。
「‥‥生きてる‥‥」
すぐに羽織を着せかけ抱き上げた。
繋いでいた馬へと戻り、名無しを乗せて走り出す。
全速力で走らせながら、存在を確かめたくて、
名無しを抱き締める腕にきゅっと力をこめる。
かすかな命の灯火が今にも消えてしまわないかと、恐怖に苛まれ続けた。
御殿に連れ帰り、家康の部屋の褥に寝かせる。
灯りの下で見ると名無しの身体は痛々しい傷と痣だらけだった。
打ち身、擦り傷‥‥
刀傷は無く、誰かに襲われたわけではないようだ。
足を滑らせ谷へ落ちたのか、
それとも身を投げたのか‥‥。