第32章 歪んだ愛で抱かれる 中編 【蘭丸】
そのまま思考も身体も溶けていくように眠り、目覚めたのは彼の腕の中。
柔らかな口づけを瞼に落とされたとき、名無しはこれ以上ない幸せに包まれた。
(ずっと一緒にいたい…このまま一緒に…)
彼への思いがもっともっと強くなる。
(ああ…でもそんなの許されない…)
強い意志を持って思考を現実へと引き戻した。
(私は何てことをしてしまったの…)
政略結婚をした自分は和睦のための人質のような立場。
覚悟して嫁いだのに寂しさと虚しさに耐えきれず、自分から三成に激しく縋りついてしまい、彼はそれに応えてくれた。
これは不貞。
バレたらどうなる?
自分のせいで織田軍はどんな不利益を被る?
何より三成が罪に問われてしまう…。
深く狼狽した名無しは、とにかくここから逃げなければと思った。
そして秀吉に我儘を言って強引にとんぼ返りしてきた。
急にいなくなったのを知って、三成はどう思っているのだろう?
あまりに身勝手な自分に怒りを感じ嫌いになってくれたらいいけれど、傷つけてしまっていたら…
後悔と罪悪感に苛まれていたとき、
「名無し様…」
自分の名前を呼ぶ声にはっとする。
それは天井裏から聞こえてきた。
(佐助くん…?)
そんなところから来る人といえば彼だけど…
「お邪魔しまーす…」
小声で言いながら、ほとんど音を立てずに降り立ったのは、帰ったはずの蘭丸だった。
「蘭丸くん!!」
「びっくりした?」
「どうして!?」
目を丸くした名無しに蘭丸は楽しそうに微笑む。
「ここ、侵入できるかなーって思ってやってみたら出来ちゃった。名無し様の部屋はね、桃の匂いをたどって来たよ」
「凄い…」
「もう造りは覚えたから、何かあった時に名無し様を助けに来れるからね」
「……」
「あ、誰か来る!じゃ、そろそろ帰るよ、またね」
蘭丸はいとも簡単に天井裏へ飛び上がると、ぶんぶんと大きく手を振ってから板を閉じる。
驚異的な身体能力を目の当たりにして、名無しはしばらく呆気にとられてしまった。
(…そういえば、誰かここに来るって…)
やがて足音が近づき、勢いよく襖が開けられる。
「おかえり、名無し」
「…!」
そこに立っていたのは夫の泰俊だった。