第31章 歪んだ愛で抱かれる 前編 【三成】R18
「名無し!待ってたぞ。良く帰ってきてくれたな」
出迎えた秀吉の陽光のような笑顔に名無しの顔もほころんだ。
「秀吉さん…」
(ホッとする。本当のお兄ちゃんみたい)
淹れてくれたお茶を飲んだら体の中から温まって、川名家では感じることのない安心感がしみじみと胸に広がっていく。
「ゆっくりくつろいでくれ。あいにく、信長様も他の者も出ていて今日は俺と三成しかいないが、明日には戻ってくる。里帰り祝いの宴を開くからな」
「ありがとう。楽しみにしてる」
名無しは、三成が用意してくれたわらび餅を幸せそうに口に運んだ。
「おいしい!」
「名無し様に喜んでいただけて良かったです」
三成が大好きなお菓子を覚えていてくれたことも名無しは嬉しい。
だけど以前と少し味が変わったように感じるのは、安土城とは違う公家風の川名家の料理に慣れてしまったからかもしれない。
「向こうの生活はもう慣れたか?何か困ってないか?」
「うん…」
時々手紙を書いていたけれど、前向きな言葉だけを綴るようにしていた。
名無しが織田軍のために政略結婚を受け入れたのを心苦しく思っている武将たちに、余計な心配をかけたくはなかった。
だけど、兄のような秀吉を前にしたら気持ちが緩んで、少しだけ辛さを吐き出したくなってしまう。
「私、行儀作法とか全然ダメでね…大変なの。ほら、そもそも庶民だから…。だけど大丈夫、頑張って勉強してるよ」
深刻な感じにならないように名無しは微笑んでみせるが、
「そうか…川名家は公家の流れをくむ。厳しいはずだ。俺も貧しい農民の出身だからそれは苦労したよ」
真剣に受け止めた秀吉は眉を寄せて少し考え、
「公家の作法に明るい者を従者としてつけるのがいいだろう。誰か心当たりはあるか?」
三成に問いかけた。
「そうですね…。侍女の中に高位の公家の高原家に仕えていた者がおります。聡明で誠実な働きぶりで適任かと。聞いてみましょう」
名無しにとって最も辛いのは川名家での孤独な立場。
三成がそこまで評価する侍女が側にいてくれたら心強い。
まだ来てくれるかはわからないけれど、話してみてよかったと希望を感じた。