第6章 (六) 灰と再会
彼は、その眼前を横切った桜色の花びらに、新しい春の訪れを知りました。そしてそのとき、彼女のことをも思い出したのです。
あのときから、一年が経っていました。
彼はそれまで歩いていた道を引き返しはじめました。かすかな期待が彼の中に生まれたからでした。
あの公園には、すぐにたどり着けました。低い柵を彼は長い脚で悠々と超え、草木を踏み分け、廃墟へ出ます。廃墟には、一年が経ってもさほど変わらぬまま、まるでほかの世界からは孤立したような、取り残されてしまったような静けさが横たわり、そしてそれは植物的なものだと彼は感じていました。
「慾よくはなく 決して瞋いからず いつも静かに笑っている」そんな、だれかの言葉があります。まさに廃墟そのものを表しているようでした。彼がいつか読んだ詩集の言葉でありました。
生きることにも、死ぬことにも、執着することもなく、ただなにかを待つように―――それは死ではない、なにか―――煌々とした陽に照らされ、ときには大荒れる雨風にも身をさらし、そうしてただ、生きている。
そんな廃墟を、彼は、うつくしく感じました。本来美学など、呪いにあるものかと問われれば、それは否と言うほかないでしょう。しかし彼のなかにはそのときすでに、なにかが宿りはじめていたのです。
彼は、やはり三角座りで腰かけて、陽を眺める彼女の影を、桜の樹の下に、見ました。彼の胸がときめきました。とくんと、あたかも心臓が弾むような感覚です。
樹に近づくと、桜の蜜の香りがしました。彼はそれで一瞬で、ひどく懐かしい気持ちに駆られました。少し早歩きになって、ずんずんと進み、彼は彼女に逢いにゆきます。
さすれば、そんな彼に気づいたのか、彼女は、また穏やかに表情をやわらげて、ゆっくり笑いかけるのでした。