第4章 (四) 根と指先
ねえきみ、呪いでしょ。突拍子もなく繰り出されたその問いに、彼女は、驚く様子も動揺する様子もなく、いつものようにこくりとうなずいて答えるのでした。彼は少々面食らいました。
こんなにもすんなりと、おのれの正体を明かしてしまった彼女に、反対に彼のほうが驚き動揺したのです。けれどもすぐに口角をあげ、彼は訊きました。
「なんの呪いなの」
彼女は、彼の目を見上げて、
「春の呪い」
と言いました。
「春?」
「桜の樹の、呪い」
いや、だから、と、そうして彼は口ごもりました。彼女の言うことが、あまりにも淡々としていた上、抽象的であったためです。彼は、具体的な説明を求めました。
「この桜の樹の下には、死体が眠っているの」
彼女は次に、そう答えました。白くたわやかな手や指先で、その桜の土に浮き出た根の部分を撫でます。その所作に見とれながら、彼はへえ、とおだやかな調子でつぶやきました。
「こんなにも薄暗くて陽なんて当たらないのに、それにしてはこの桜、ずいぶん美しく咲くとは思わない? だから、この桜は、死体を養分にして咲いているんじゃないかしら、って」
まるで、なんちゃって、と茶化すように彼女は言いました。しかしそれは、冗談にしては不気味であり、真実にしては現実味が薄いものでありました。
「本当なの?」
彼が、問いました。
「さあ、知らないわ」
彼女はそうして風に凪がすようにふっと横に視界を払い、二人はしばらく沈黙しました。
ずっと日向に立っていた彼でしたが、あるときなにかをあきらめたようにして、彼女の隣に座りました。彼も、三角座りをしてみたりしました。ふと、天井に広がる桜色を見つめて、彼がつぶやきます。
「それにしては、本当に綺麗なものだね」
それを聞いて、彼女は目を伏せてふー、と小さな吐息をこぼしました。
もしも彼女に魂というものがあったとするならば、その魂の炎は、そのときゆらゆら、揺らめいていました。彼女は彼のたった一言に、動揺、していました。