第1章 (一) 彼と彼女
その日、二人の男女が桜の木の下で出逢ったのでした。
春のくせに、やけに暑いと、そうひとりごちて歩く彼は、つうと頬を一筋伝った汗に手をふれさしました。
しかし彼の肌とは不気味なものでありました。まるで肌と肌とをつなぎ合わせたかのような、そんな跡があるのです。彼の淡い青髪は繊細に陽を反射しきらきらときれいにひかり、ときおり吹くやわらかい風にあわせてなびきました。
彼はどこかへ向かっていました。少し上目遣いになりつつ、どこかをじっと見つめながら歩いていました。その目線の先には―――たったひとつ、小さな丘があったのでした。丘は奥が暗く、どうやら彼は、その陰を、涼みを求めていたようです。
その丘は、奥の森林へと続いていて、その手前には一本の桜の樹が生えていました。
ようやくその丘を登りおえ、その桜の木陰にせまったとき、彼はなにかに気付きました。それは人でした。いえ、違います。それは、呪いでありました。
その呪いは人の姿をしていました。髪が彼よりも長くまであって、白髪であり、しかし薄らと桜色の色彩がかかっているようにも見えるのでした。彼女は、桜の樹の木陰にしゃがみこんで、なにか細かに手をはたらかせていました。
彼はぎょっとしました。なにしろ、彼女が呪いであるのです。さらには、その彼自身も呪いであったためにです。彼は、考えました。
彼女には、魂がありませんでした。さらに彼はその人間の魂というものを視認することができるのでした。だからこそ魂のみえない彼女が呪いであると、確証をもって思うのでした。しかし人の姿を保てるほどの力をそなえた呪い、それは強力なものであるのです。彼は少し怖気づきました。
そして彼女に対して、かすかな興味をやどしました。
「なにしているの」
彼は、彼女にそう尋ねました。