第2章 優しい約束、哀しい約束
この男には敵わないと思う時がある
俺よりも遥かに豊富な人生経験があるからだろうか
風に乗り気持ち良さそうに揺れている紫陽花に、薫さんの姿を重ねた
花びらが風に吹かれて飛んで行ってしまうように、薫さんもどこかへ飛んで行ってしまいそうな儚さを持っている
「なぁ、煉獄。薫は今幸せだと思うか?」
「急にどうした?」
「いや…あいつは…男に抱かれてねぇと正気を保てねぇんじゃねぇかと思ってよ」
「その隙を与えないくらい、俺たちが力を尽くすしかないのではないか?鬼狩りより手こずりそうだがな」
「一筋縄にはいかねぇよな」
縁側で足を庭に投げ出し、両手を後ろにつき空を見上げる宇髄は今何を思っているのだろうか
「杏寿郎さーん!おにぎりできたよー!」
パタパタと賑やかな足音と共に、薫さんが縁側へ戻ってきたら
手に持った皿には大きな握り飯が3つ乗っている
薫さんはニコニコと俺と宇髄と間に座り、俺の顔の前に皿を差し出した
「これで足りそう?」
首を傾げながら心配そうに握り飯を見つめる薫さんの横顔を、俺は握り飯を食べることも忘れて見入ってしまっていた
「杏寿郎さん?お腹空いてるんでしょ?」
「あっ、あぁ。頂くとしよう!」
大きめの握り飯は、薫さんの手からはみ出る大きさだ
小さな手で握ったのかと思うと、不思議と握り飯まで愛おしく見えてくる
「杏寿郎さん、食べないの?何かついてた?」
「いや!見た目も美味そうだと思ってな」
「美味しくなさそうなおにぎりなんてあるの?変なの!」
君は知らないであろう
俺が君から貰う物にどんなに心を躍らせているのか
それが握り飯であろうとそうだ
腹に入れてしまうのが勿体無いとさえ思う
だがそれでいいんだ
君の笑顔が咲くなら
俺は大きめの握り飯を腹に収め、満腹以上に幸福を味わった
幸せの色を乗せた風が庭を駆け抜け、今日もまた忘れられない一日となった
こんな日々を君と重ねていけたら、どんなに幸せだろう?
なんて事ない日常でいい
縁側で花を眺めながら握り飯を食べる
横には君がいる
殺伐とした日々の中のひとときの幸せだ
こんな日を君と送りたい