第2章 優しい約束、哀しい約束
彼女は、まだ自分を汚れたものだと思っている
その証拠に俺から一歩後退りした
心の傷に正しさを振りかざしたところで、より深く抉るだけだ
しかし彼女との距離を詰めたい
せめてその頬に触ることを許して欲しい
「薫さん、水道を借りてもよいか?」
何はともあれ、今は手当だ
「はい!台所へ案内します」
薫さんの後に続いて台所へ辿ると、その途中にあるどの部屋もやはり殺風景で人の温もりは感じられなかった
「ここです」
何人もの料理を一度に作れそうな程に広い台所は、薫さん1人には広すぎる
置いてある食器も全て1人用だ
この屋敷は、孤独で溢れている
俺は手巾を取り出すと、水道の水で浸していった
「あっ!!煉獄さんの手巾が濡れちゃう!」
咄嗟に手を掴まれた
薫さんの手が俺の手に触れている
なんだ?
この感覚は
冷たい水を触ったはずの手が、熱を持っているようだ
彼女の頬に自ら触れたときは感じなかった
しかし…薫さんから触れられた途端、俺の全身に何かが巡り渡るような感覚を覚えた
「ごめん…なさい。私気が利かなくて…私の頬の為に水道って言ったんだ。ごめんなさい。ぼーっとしてたみたい」
「これくらいのこと、構わない。頬を見せてくれ」
薫さんは、俺の手を掴んだまま顔を横に振る
「君はなぜ謝ってばかりなのだ?なぜ君1人で全てを背負おうとする?」
水道の水が俺たちの手を伝い流れ続けている
俺の問いに薫さんは、答えようとせず
水の滴る音だけが、響いた
「…だから」
聞き取れない小さな声で薫さんは、答えた
「すまない、もう一度よいか?」
「私は、悪い子だから!」
「悪い子?」
「お母さんがそう言ったの。私が悪い子だからお父さん来ないのよって」
「薫さん!それは違う!」
それは君の母上が、やり場のない苦しみを君にぶつけた時に出た偽りの言葉だ。
そう言ったところで君の傷は癒えないであろう
手巾を絞り、冷たくなった薫さんの手を拭いた
俯く彼女の表情はわからない
力なく俺に拭かれる手は冷たい
水に当たっていたのだから、当たり前かもしれない
だが俺にはこの手の冷たさが薫さんの抱えているものの温度と同じような気がした