第2章 優しい約束、哀しい約束
「君の痛みを分けて欲しい。」
薫さんは俺の言った言葉に、再び目に哀を浮かべた
「煉獄さんが汚れちゃうよ。私は汚いから…私ね、人肌が恋しくてあの人に奥さんいるの知ってて…」
「言うな。言わなくていい。わかっている…君はそうしなくてはならなかった。そうであろう?」
俺の目から薫さんは目を逸らした
何か言いたげに、唇を少し開いたがすぐに結んでしまった
言葉を飲み込んだのだろう
一呼吸置くと、頼りない笑顔を向けてきた
「煉獄さんは正しい人だから、私なんかに触れちゃいけないの」
君は俺の手から抜けてしまった
空になった掌に、薫さんの火照った感覚だけが残っている
「なぜそこで線引きをする?時に違えてしまうのが人間ではないのか?」
思わず手を握りしめた
悔しさを、握り潰すように
「私ね…妾の子なの」
「父を知らないのか?」
薫さんは小さく頷いた
「お母さんは、いつも待ってた。あの人がくるからって…もうすぐお父さん帰ってくるからねって」
薫さんは、当時を思い出すかのように目を玄関の方へ向けている
すぐにこちらに向き直り、また笑顔を作る
苦しそうな笑顔だ
哀しい思い出を、懐かしく温かいものにしたいのだろう
だが……
「でもね、結局一度も来なかった。この家はその人が用意したもの。無駄に立派で笑っちゃう。ここで3人で住もうって言ってたんだって」
そうだったのか
しかし…3人にしても広すぎる
恐らく手切れ金のようなものだったのだろう
薫さんは、着物の袖を握り小さく震えている
ここに温かい思い出を見つけることができなかった証拠なのやもしれん
俺は震える彼女の肩を抱いた
小さい体をさらに小さくして、自分の足で立っている
少しは支えにならないだろうか?
せめて半分でも、もたれかかってくれないだろうか
「薫さんの母上は…」
「お母さんはね、その人がもう来ないってわかってからどんどんおかしくなっていったの。急に大きな声出したり、急に泣き出したり…私は子どもだったからどうしたらいいかわからなくて…でも、お母さんに元気になってもらいたくて頑張ったんだけどね…」