第2章 優しい約束、哀しい約束
日が傾き始めると、人々は家路へ急ぐ
私はその波に逆らうようにして待ち合わせの場所へと向かう
道行く人は、帰ることに気を取られて私のことなんて見ていないのに
悪いことをしているとの背徳感から、背を向けるようにして足早に通りを過ぎた
この空き家は、あの人の生家らしい
今は誰も住んでいなくて、都合のいいように使っているらしい
合鍵で鍵を開ける
ここへ来ても、出迎えてくれる人はいない
いつも私の方が早く着く
カラッと扉を開けると、埃っぽい匂いがする
草履を脱いで端に寄せると、一番手前の部屋へ入る
膝の上に顎を乗せてじっと待つ
暗闇に目が慣れてきたころ、扉の開く音がしてあの人が入ってくる
「電気をつけて待っていろといつも言うだろ?」
「いいの。暗いの嫌いじゃないよ。」
「君の顔が見えない」
明かりが灯ると、見慣れたあの人の姿がはっきりと見えた
そうだ、こんな顔だった
この人は、私の顔に興味なんてあるのかな
その前に私の何を知ってるのだろう
そんなことを思ってまじまじ顔を見つめていると
「どうした?待てないか?」
そうじゃないのに、挿した簪を解くと貪るように口付けてくる
行為に行き着くのだってあっという間で、気づけばこの人の上で腰を振っている
湿気と汗で湿った肌をお互いの体温で温めると
私の心は満たされる
たったひと時、孤独を薄めることができる
でも……
結局その場しのぎでしかないから、行為が終わればまた独り
両腕で体を抱きしめて、孤独に耐える日々
「おやすみ。誠二さん」
この人は誠二さん
笑っちゃうよね
ちっとも誠実ではないのに、誠二
名前だって本物かはわからない
いつものように、夜道を歩く
昼間は暑さが厳しくなってきたけど、夜はまだ涼しい
ほんのり湿気を含んだ風が、解けた髪を揺らしていった
髪が解けているのは、行為を終えた証拠
あの人は、簪を抜くのが好き
とんぼ玉を月にかざしてみるけど、月明かりではよく見えない
「いい天気だな」
「えっ?」
簪をかざした先にある月が話したような気がした
そんなことあるわけもなく、声の正体は
月と同じ高さに見える木の枝の上
「宇髄…さん?」