第28章 今宵はふたりで【P273〜の続き、🤍&🐾 ♟️*】
フェリスに導かれるままに誘われたのは、伯爵邸の中庭の一角。
噎せ返る程に強い薔薇の芳香が風に乗ってふたりを迎えた。
「疲れてはいないか?」
そう言って四阿に導いた後、ガーデンテーブルに着くよう促す。
ヴァリスは曖昧に微笑みながら唇をひらいた。
「大丈夫です」
ダンスホールから聴こえる音楽に、少しだけそわそわとしてしまいそうになりながら応える。
シロと一番多くの時間を練習した楽曲だった。
尊大で誇り高くとも、
そこ冷たさを纏った言動のなかに生来の優しさが滲む彼の姿を思考に乗せ、その瞳が解ける。
その眼差しを灼けるように強かな瞳で眺められていることに、彼女は気づいていなかった。
「(そんなにあの男が大切なのか)」
仄かな一言はヴァリスを耳をかすめることはできなくて、戸惑った瞳で見上げる。
「………? フェリス様?」
「いや、気にしないでくれ。———それより、喉は乾いていない?」
呼び鈴を鳴らして音もなく現れたのは彼の侍従だった。
その手のなかにワインボトルから、ふたつのグラスに酒を注ぎ、その内のひとつを差し出した。
「君は桜の花のような芳香を纏っているね」
ぐいと酒を煽りながらじっと見つめてきて、やや遅れて飲み干した後唇をひらく。
唇をつけた酒は、とろりとしていて花のような香りがした。
「そのような香水を使っていますから、」
その眼差しを向けられる意図を図りかねて、視線を解きながら呟く。
「いや、………香水の類ではないのだろう? 『彼女』と同じだ」
テーブルの上に置いていたヴァリスの指を、そっと包み込むようにして取りながら告げる。
ぐっと近づいた距離感に吐息を封じた———その時だった。
酒を飲み干した後の胸元———心臓の辺りから、じわじわと全身を染め上げていく急速な熱。
それは蜂蜜の沼に足元からゆっくりと沈み込んでいくごとく、甘いあまい感覚。
霞がかりそうになる視界を散らしたくて、瞬きを繰り返した。