第6章 デートの練習
しばらく無言のまま渋谷の街を五条先生と歩いた。周りの喧騒だけが耳に入ってくる。
カップルらしき男女が、寒いのに街角でアイスを食べていて、顔を見合わせて幸せそうにお喋りしてる。
制服を着た女の子たちが模試が難問だったと言って、でも次は頑張るって明るく笑ってすれ違う。
一つのスマホを覗き込んでる男女数名のグループは、ダセェって大きな声出して、ベンチで楽しげに戯れ合ってる。
たくさんの騒めきが聞こえる。街を彩る渋谷の人々。この人たちの中で、今隣にいるその人と、一生会うことはない未来を想像して、さみしさを感じながら側に居る人なんているのだろうか――。
そもそも、最近、誰かが離れてさみしいなんて感じることが少なくなった。
例えば学校を卒業してクラスメイトがバラバラになっても、親しい友達が転勤になって海外に行ってしまっても、SNSで繋がってたりして、その存在が遠くなったという実感があまりない。いざとなればいつでも連絡出来ると思ってるところがある。
もちろん環境の変化の中で、関係が疎遠になる事はあるし、アカウントがわからなくなってしまうケースもある。だけど、さみしいとか悲しいかと言われればそれもまた少し違う気がする。
何かのきっかけで再会する事もあるだろうし、知人経由で近況を知る事もあれば、SNSのおすすめフォローに突然出てくる事だってある。
そして、もし、それらがなかったとしても、生きてさえいれば、この空の下のどこかにその人は存在している。探そうと思えば見つかる気がする。会いたいと思えば会いに行ける。同じ地球の空気を吸ってる。