第3章 はるか上空での欲望と理性の戦い
「ほんとに一人で大丈夫なの?」
腰に手を当てて仁王立ちするプルアの足元…否、横でマヤは草履の鼻緒をきつく締めながら首を縦に振った。
「大丈夫よ、プルア。ちょっと見に行くだけだから」
すっと立ち上がると、足元に置いてあったリュックを背負う。
そのリュックをちらり一瞥すると、プルアは大袈裟なため息をついた。
「ちょっと見に行くだけって荷物じゃないよね、それ」
赤いマニキュアが塗られた小さな指先でリュックを指さされ、マヤはバツが悪そうに笑った。
1週間前、100年ほど姿を見せなかった神獣・ヴァ・メドーが、ヘブラ地方に現れたと報告が入った。
真反対のハテール地方からでも肉眼で確認でき、日に日に近付いてきているようにも見えた。
そうすると、100年前に起きたあの忌まわしくおぞましい出来事を嫌でも思い出す。
あの紅に染まったメドーを見る度に、マヤは心臓が拗られるような、ひどい自責の念に駆られる。
だが、マヤは退魔の騎士の目覚めと、英傑たちの帰還をずっと信じていた。
研究者の性か「死体を確認するまで」は英傑たちの死を信じていない。
マヤは深く息を吐くと、プルアの目線に合わせるようにしゃがみ、彼女の小さな肩に手を置いた。
「プルア。これでも私は姫様に神獣管理を任された身よ。繰手たちの生存が確認できない今、神獣の暴走を止めるのは私の役目だと思うの。だから、ね、行かせて」
切なく甘えるようなその視線に耐えきれなくなったプルアは、フンと顔を背ける。
「…なによ、マヤだけ体張っちゃってさ。私だってこんな体じゃなきゃ…」
「あぁプルア、そんなふうに言わないで。貴女の実験は本当に素晴らしいと思ってるわ」
そのまま手を引き寄せ、プルアの小さな体を思わず抱きしめてしまった。すぐに拒否されると思ったが、プルアはそのまま動かなかった。
わずかに彼女の肩が震えたのがわかり、マヤは居た堪れない気持ちになる。
「私は、私に出来ることをやるだけよ。私はプルアほど賢くないから、死に急がせるようなことはさせたくないの」
プルアはその言葉を聞き、息を飲むとマヤの手を振りほどいた。