第2章 出会い
「おや……来ていたんだね」
ついこの間。挨拶回りに行った時に聴いた声が耳に届いた。もう涙が出てないことを確認して、石切丸の方を振り向けば、いつものように穏やかな表情で微笑んでいた。
慌てて素足を服で拭えば、のそのそと大きい足でゆっくりと近づいてきた石切丸に止められて抱き上げられる。拭った泥が畳に落ちないように、石切丸に着かないように身体をよじる。
「気にしなくていいんだよ」
「……」
「大丈夫だから」
優しい声音は相変わらず慈愛に満ちている。石切丸の顔を覗き込めば、柔らかな紫の瞳が私を捉えていた。私の好きな色。
「きれい」
泥で汚れないように顔に触れないように手を伸ばして空を描いて落ちていく。降りると告げようとしたところで、大般若が大きめな桶に湯とタオルを入れて帰ってきた。
石切丸が私を大般若に渡すと大般若は、私の足を桶に入れて軽く洗って両足の泥を落とした。されるがまま大人しくしていると替えの服まで渡される。
「着ないのかい?」
「めいわく……」
「いいんだよ」
赤の他人に世話を焼くなんておかしな事。綺麗にされてあとは服を変えるだけ。石切丸と大般若を見ると二振り共私に背を向けていた。大般若が持ってきた可愛らしいワンピースに着替えて、大般若の前に顔を出す。
「ありがと……ございます」
小さくお礼を言えばまたいい声で気にしなくていい旨を伝えられた。
大般若が去った後、持っていた本を抱きしめて誰の邪魔にもならないように端っこに移動しようとすれば、石切丸の膝の上に乗せられた。不服そうな声を上げても、この石切丸は気にせず私の頭を優しく撫でた。
「あの」
「君の好きにしていいよ」
石切丸を見上げて声をかければ、試すような素振りで言われた。三条の御神刀だから、もしかしたら気づいているのかもしれない。私が普通の子供ではないと。そして敢えて試しているのかもしれない。
それとも別の何かがあって試すような口ぶりなのか。
どちらにせよ良い気はしない。けど、甘やかし上手な神様に委ねてみたくなった。守っていれば大丈夫。何も怖いものは無い。
神様と約束をしない。神様に真名を教えない。神様から出されたものを食べない。それさえ守っていれば大丈夫。
短く小さく息を吐きながら石切丸の暖かそうな狩衣の中に潜った。予想外ゆえか石切丸が驚いた声を上げた気がした。
