第7章 南海太郎朝尊という男
たいした怪我もなく本丸に着いた僕は、肥前くんと娘さんが話しているのを観察していた。僕の発言のせいで気まずそうに目を逸らす肥前くんは、彼女に怪訝な顔で見られている。
随分大人びている。率直な感想だった。遡行軍に襲われる前に思ったそれは、違和感を感じながら普通なんだと思わせるように心に沈んでいく。
「一つ、聞きたいことがあるのだけど」
肥前くんに食ってかかる彼女に話しかけた。彼女は不思議そうに、何も言わずに僕を瞳に宿した。
「僕の名前は?」
「? 南海太郎朝尊」
素直に答えた彼女は気づいていない。僕が名乗っていないことを。
不可思議そうに僕を見つめる彼女に笑みを浮かべれば、彼女は思い当たる節を見つけたようで青ざめた。
「僕は君に名乗っていないよ」
息を飲む音が僕の耳に届いた。やってしまったと、瞳が焦りの色を出している。表情は何ら変わらない。けれど、瞳だけが色を変える。
僕を先生と呼んだこと。そして時間遡行軍と言ったこと。僕の前で煽ったこと。それら全てを彼女は思い出したようだ。
別に責めるつもりはない。彼女にはそのまま生きて欲しい。肥前くんが心を開いた人なのだから。
「肥前くん。一つ、聞きたいのだけれど」
「ん?」
「彼女に遡行軍の話はしたのかい? 自分が何者なのかということも含め」
「いや……遡行軍は化け物と石切丸が教えてただけだ……」
彼女の表情は悪い。今にも逃げ出してしまいそうだ。逃すわけにはいかない。僕の仮説が正しければ、正しくあったら、彼女には、この本丸の審神者をしてもらいたい。
今の審神者よりも、僕達が知る主よりも、主らしかった、審神者らしかった彼女に。
「君は最初から僕達のことを知っていたね?」
顔を逸らしたのが彼女の答えだ。嘘が付けないわけじゃないと聞いていた。肥前くんがよく話すから。石切丸さんも。
焦りや不安の色が混ざったような瞳を揺らし、僕達から顔を逸らし続ける。その間も彼女は一言も喋らない。
「……話したくなったら話せばいいよ、肥前くんあたりにでも」
顔を逸らしたままの彼女は少しだけ目を見開いて、迷ったあとゆっくりと頷いた。
彼女から視線を逸らして肥前くんを見れば、少し安心したような瞳で彼女を見つめていた。君も随分丸くなったものだね。