第6章 平行世界
何振りかのお気に入りの娘が今日も本丸に遊びに来ていた。我は片手で数えられる程度しか話したことが無いから詳しくは知らない。
だが、あの娘がまだ幼い頃に、本丸の庭に咲き誇る巨大な桜の木が光り輝きながら咲いた日があった。もう何年も咲いていないのに。
「おや……また桜が……」
狂い咲きの桜でもない。普通の桜の筈だ。それなのに、桜は突然咲き誇った。あの夜のように。
「美しい……」
光り輝く桜は風に吹かれて花弁を踊らせる。掌に落ちてきた花弁は、砂糖のようにじんわりと溶けて消えていく。
触れた花弁には微かな熱を感じた。じわりと体中に広がったのは質のいい霊力。
あぁ、あの娘の霊力と桜が同調し合っているのか……。
風に吹かれた桜は豊かな香りまで出して、魅了するように舞い踊り続ける。
「おや……」
先程、紙で切った指先はいつの間にか治っていた。
桜が喚んでいる。あの娘を。この地が喚んでいる。あの娘の霊力を。
本丸に好かれているとは中々聞いたことが無い。本丸とは、軸である。その軸に好かれるということは審神者となる力が大いに宿っているということでもある。
強い光を放った桜はゆっくりと消えて元の枯れ木へと戻っていく。指先の怪我は治ったまま。
いつだが、子らの誰かが呟いていた。あの娘は優しいと。
優し過ぎるのだ。優し過ぎる故に苦労をする。だがその分、長く接していると愛される。あの優しさは痛みだ。
「……ふむ……」
優しい人は霊力が高くなりやすい傾向がある。それ故に色んなモノに好かれる。
慌ただしく走ってきた娘と一瞬だけ目が合って逸らされた。
あの娘は、そう、付喪神に愛されている。物という執着深いモノに。
アレは手に入れる。手に入れなくては、我らが壊れる。壊されてしまう。
あの優しさに、温かな霊力に触れていたいと願ったのは、付喪神だけでは無さそうだ。
「……さて、どうするか……」
一振り、小さく呟いた。口元は緩やかに笑みを浮かべていた。
我の考えに賛同するものの方が多く、あの娘の味方になってくれるものはいないだろう。
欲しいと思わせてしまった時点で、あの娘はとうに負けているのだ。優しさは強いが、時に責められやすいな。
不敵に微笑みながら、この本丸の審神者をどうするかと思考を巡らせた。