第6章 平行世界
声が聞こえた。優しい声が。聞いたことあるようで無いようなそんな優しい声。審神者さんじゃない声が。
夢を見ていた気がする。この本丸の庭。夜の庭。もうずっと咲かなくなって枯れ木になってしまった桜の木の前に、見知らぬ女性が佇んでいた。
ボクが声を掛けると彼女は振り向いた。けれど、彼女の顔は見えない。
「大丈夫」
「え……?」
「きっと良くなるよ」
「何が……」
彼女がボクに向けて優しく微笑んだ時、桜が咲いたのだ。満開に。美しく。
光り輝く桜が彼女を照らす。青い瞳が優しくボクを見つめて。もう一度「大丈夫」とだけ微笑んだ。
ハッとして目を覚ますとボクの体の傷は一つも無くなっていた。ボク達の主がそんなことをするような人じゃない。けど審神者以外が治せるわけはない。
どうして?
一振りでうんうんと悩んでいると蔵から誰かが入って来た。ゆっくりとそちらを向けば、夢の中の、彼女と同じ顔、否、あの子がタオルを持ったままボクを見つめていた。
「……あなたは」
「良かった……」
「え?」
「無事で」
夢の中のあの子と同じように優しく微笑んだ。夢よりもだいぶ幼い目の前の少女は、ボクの顔をタオルで優しく拭く。
表情はたいして変わっていない。けれど確かに、安堵の色が見て取れる。
そっか……あなたが……。
無意識に伸ばした手は、目の前の少女に触れた。冷たい顔。けれどその冷たさが心地よくて、指先で撫でるように頬を撫でた。
「ありがとう」
「……いいえ」
ふわりと微笑んだ。久しぶりに微笑んだ気がする。彼女が変えてくれる気がする。この本丸を。
頬を撫でていた手をそのまま後頭部に回して、反対の手で彼女の腰を掴み、引き寄せるように抱きしめた。
驚いた声を上げた目の前の彼女は、ボクが汚れているのにも関わらず優しくボクの体を包み込むように抱きしめ返してくれる。
その温度が。その優しさが。酷く心地よくて、涙が溢れそうになってしまう。
下唇を噛んで涙を堪えようとすれば、彼女の冷たい手がボクの頭に触れる。何も言わずにボクの頭を撫でる彼女に、我慢できずにボクは涙を流した。
「いい子だね」
優しく呟いた彼女の声に涙が止まらなくて、頭が痛くなるまでボクは泣き続けた。
あなたが主さんならいいのに。その願いを込めて。