第3章 お隣さん 男士視点
欲しいと願った。初めて欲した。これは欲だ。相手はか弱い幼子だと言うのに。あぁけれど、私から見たら全員幼子かな。
あの娘は彼に送られて家に帰ったようだ。もう、この本丸から抜けてしまったのか。まぁでも、この本丸で傷つかないなら構わない。私達の時間は長いから。あの娘の成長を近くで見ることは容易だ。
「私にも慣れて欲しいものだ……」
自虐気味に呟いた声は誰にも届くことはなく落ちていく。
風が吹き抜ける廊下を歩き私室に向かう。瞬間、一粒の鈴の音が本丸中に響いた。
あぁ……帰ってきた。
近侍に任命されると、よく閨事を命じられる。今回の近侍は、確か膝丸殿だった気がするのだが。とても嫌な予感がして、胸がざわめき出している。
私室に着いた途端、見知った気配を感じた。たまにしか帰ってこない審神者の、嫌いな女の気配だ。
「帰ってきたんだね……」
障子を開ければ、そこそこ広い部屋の真ん中に座って艶やかな笑みを浮かべる女の姿があった。
嫌な顔を見せないように。気付かれないように笑みを貼り付けて、部屋に入り込み後ろ手に障子を閉める。
私の部屋にいることはつまり、そういうことだ。
嫌だ。嫌だ。先程までの穏やかな気持ちがどこかへ行ってしまう。
「石切丸」
耳障りな甘ったるい声が聞こえる。何もせずに口角だけを上げてれば、女は目を細めて私の首筋をなぞるように撫でて。ゆるりと首に手を回した。
気持ち悪い。
本来の髪色とは違う。黒ではない、薄い栗色の髪がするりと落ちていく。誘うように微笑むその姿が穢らわしい。
「つれない男」
「さて。なんのことやら」
細い指先が私の顎を伝って頬を撫でる。此方を見ろと言わんばかりに、首に回された手が項を逆撫でする。
穢らわしい。触らないでくれないか。
そう言えたらどれだけ良かったのだろうか。
ゆったりと首を動かして女を見下ろす。奪われた唇に嫌悪を抱きながら、腰に手を回す。
強い力で後ろに倒れた女を支えもせずに、されるがまま倒れていく。はじまりの合図だ。
「……楽しませてね。石切丸」
私の顔を無理矢理近付かせ、耳元で囁いた女の声に、悪意がこもっているように感じた。
そうだ。楽しませなければ。彼等が傷つかないように。
数刻前の。あの娘の顔を思い出しながら、望むように唇を奪った。