第5章 近付いた距離から変化は訪れる
「……ふーん」
道場から出て行く天音の背中を見る一つの影があった。
だが、その影は結莉乃が道場を出る頃には居なくなっていた
身体を覆う汗を洗い流した結莉乃は今、玄関に積まれた木箱を見て気合を入れていた
結莉乃
「よし!」
色とりどりの野菜が入った木箱を持ち上げようと力を込める
結莉乃
「な、にこれ…重…っ」
だが、予想以上に重い木箱は結莉乃の力ではびくともしなかった。朝餉前に天音と鍛錬をしていた為、部屋へ帰る途中に見付けた木箱を台所に向かうついでだと持って行こうと思ったが…結莉乃は困った
胤晴
「何してる」
結莉乃
「胤晴さん!おはようございます」
珍しく朝から廊下を歩いていた胤晴に声を掛けられれば、結莉乃は屈めていた身体を起こした
胤晴
「おはよう。…で、何してるんだ」
結莉乃
「これを運ぼうと思っていたんです」
胤晴
「そうか」
そう短く告げると胤晴は、結莉乃ではびくともしなかった木箱を軽々と持ち上げる
結莉乃
「え、何してるんですか!?」
胤晴
「これを運ぶんだろ?」
結莉乃
「そうですけど…胤晴さんにそんな事…」
胤晴
「こんな重い物を持つ必要は無い。どこに運べば良い」
結莉乃
「だ、台所です…」
胤晴
「分かった」
結莉乃
「ありがとうございますっ」
彼の変わり様に僅か驚いたものの部屋に呼ばれて話した事もあってか、大きく驚く事は無かった。
台所へ歩いていく胤晴の背中を追ってついて行く結莉乃の姿を、また一つの影が見ていた