第4章 第四章音楽の申し子
ささくれた心を癒すような優しい音色だった。
音色のする方に向かうと、レッスン室でピアノを弾いているのはアイツだった。
(何であいつが…)
レッスンでピアノを弾くことはほとんどしない。
曲のアレンジをしてもレッスンでピアノを弾いたのは一度きりだった。
だから知らなかった。
アイツはここまでピアノが弾けるのが。
俺もガキの頃から無理矢理ピアノを習わされたから解る。
プロとそうでもない人間の差が。
何より聴衆を惹きこませるだけの技量を持っている。
そう思うと腹正しかった。
音楽プロデューサーとしての素質だけでなく多くの才を持っているアイツに。
何時の間にか他人の心に簡単に入ってしまうアイツが。
龍は千早を頼りにしている。
俺よりもずっと頼りにして、最近は何かある度にアイツの元へ行き、天も心境の変化があったように見える。
何もかも持っていてムカついた。
だから俺は声をあけようとした。
なのに…
ピアノを見つめながら泣きそうな表情をしているアイツに一瞬戸惑った。
(なんだよあの顔は…)
普段から穏やかな顔をしながら他人をコケにして無理難題を言う腹黒で性格の悪い千早が見せた悲痛の表情に俺は立ち止まった。
何で――。
胸のあたりがムカムカした。
ただこれ以上見ていられず俺は何時ものようにアイツに声を上げて怒鳴った。
そしたらいつものように俺をガキ扱いして注意をする。
やっぱり今のは幻だ!
俺の眼が腐っていたに違いないと思いながら不満をぶつけたら今度は逆に親父の事まで言われた。
親父に守りたいもおがある?
そんなもんあるわけがない。
俺の事だって金儲けの道具にしか思っていない。
そう思ったのに。
「貴方のお母様はそんなに不幸な人ですか」
この言葉に俺は怒りを覚えた。
お袋は不幸な人間なんかじゃない。
決めるなと思ったが逆に言われてしまった。
一方的にお袋を哀れだと思っていたのは俺の方だと。
お袋の思いまで否定するなと言われた。
だったらどうしたらいい?
今も親父を好いているのに、顧みられることがないなんて。
あんまりじゃないか。
俺は言いようのない憤りをこいつにぶつけていた。
八つ当たりをしていたんだ。