第10章 触れられるのが嫌だった?※義勇視点
桜を一人の女性としてみている自覚はあるが。
今の桜を見ていると、色香に引かれ、まるで甘い蜜の匂いに誘われ捕らえられた虫になってしまったかのように錯覚させられた。
まん丸の瞳に映る己の顔は、がらにもなく情炎に身を焦がしたような熱を帯びていて。
無表情で感情が分かりにくいと言われた俺でも桜の言動一つでこんなにも簡単に感情が表に出てしまうのかとさえ思う。
このまま、この瞳に見つめ続けられたらヤバいと義勇の本能が警笛を鳴らしていた。
この一線を越えてしまえば抱き締めただけでは物足りずその柔らかそうな唇まで奪ってしまいそうで。
今の義勇は何とか自制心を保っている状態だった。
何度も『落ち着け』と自分に言い聞かせる。
今大事なのは、なぜ彼女が急に胸が痛みだしたかということだ。
己の欲望のまま動くのは簡単だが、それは理性のかけらもないただの野獣ともとらえられ、桜にもそんな風に思われたくなかった。
嫌われたくもない。
義勇は自らの熱を逃がすように、桜にも気付かれないくらい小さく深呼吸した。
「熱でもあるのか?」
桜と目を合わせないように彼女の額に手を当てる。
せっかく落ち着いた熱が再発しないように。
その時に、桜の肩がピクリと動いたのに義勇は気付かないふりをした。
自分を意識してくれていると思えるような彼女の素振りに思わずまた動揺しそうになる。
「熱はなさそうだな……」
と言いながらも正直、熱があるのかどうか分からなかった。
桜に触れているという事実が全身に流れる血が沸騰しているように熱く、義勇の手にも熱がこもっているような感覚になり、もうどちらの熱さかさえ分からなかったからだ。
「すみません、冨岡さん!私帰ります!お茶ごちそうさまでした!」
そんな時、桜が弾かれたように立ち上がった。
彼女が離れたことでできた隙間により手のひらの熱がすっと冷えていく。
避けられた?
触れられるのが嫌だった?
義勇は自分の心臓も急激に冷えていくような気がした。
脱兎のごとく、まるで義勇から逃げるように早口でまくし立てた桜が玄関に足早に向かって行く姿を見てそう思わずにはいられなかった。