第9章 ちょっと胸が痛んだだけなので……
なんだったんだろ、あの胸の痛み。
初めて感じた痛みに戸惑っていると、視線を感じた。
顔を上げると、お茶を飲む手が止まっていた私を冨岡さんがじっと見ていた。
「どうした?」
とつぜん心臓の辺りをキュッと強く握り締めたことを気にしてくれたみたいだった。
目線がそこに向いている。
ちょっとした些細な変化にも気付いてくれることがなんだか嬉しくなった。
師弟関係とはいえ、そこまで気にかけてくれることが。
なぜかそう思うと先ほどの胸の痛みはあっさりとなくなってしまっていた。
「なんでもないです。ちょっと胸が痛んだだけなので……」
「まだ痛むか?」
冨岡さんが湯呑みをちゃぶ台に置いてそばに寄ってきた。
目線を合わせるようにかがんで顔を覗き込まれる。
師範の顔をこんな間近で見たことなくて私の胸が妙に騒ぎだした。
端正な顔が間近にあって、冨岡さんの濃い蒼色の瞳が心配そうに私を見ていて頬が熱くなる。
もうあの胸の痛みはないのに、代わりに今度は心臓がドキドキとうるさいくらいに早く動いているのが分かる。
私、いったいどうしたんだろ。
心臓に悪い病気でも抱えてしまったのだろうか。
自分ではどうしようもなくて、でもどうにかしてほしくて私はすがる思いで冨岡さんを見上げた。