第1章 ~移ろいやすく、移ろいがたく~
<一>
視察先の領地境で信長は予定通りに大名と会い、領地の状況の報告を受けた。
ついでに同行していた政宗と少し歩き、街道沿いの茶屋で一息入れる。
「さっき大名屋敷の女中に聴きましたが、ここでしか手に入らない反物があるそうですよ。珍しい染料の配合で美しい茜色にするとか。織も独特で糸の向きに工夫があって光沢が別格だとか」
世間話程度の気楽な調子で言う政宗に信長は「ほう。名産品はいくらか聞いていたが、反物の話は初耳だ」とやや興味深げに頷く。
「興味が無かっただけでは?」
熱い茶をゆっくりと飲みながら言う政宗に信長もそんなものだろうと思う。
食料や武具には気を留めるが、反物などには余程でもない限り細やかな注意が湧かない。
だが、夜長なら興味を持つだろうと思い当たり、傍に同行していた案内人の者に「その反物、良い品を見繕え。買い上げる」と短く命じた。
大名の家臣である案内人は緊張した面持ちで生真面目に「はっ!すぐにご用意致します!!」と一礼して走ってゆく。
「夜長にですか?」
「ああ。あいつなら興味惹かれるだろう」
何でも無く言うが、政宗は愉快そうに笑い、「信長様も甘やかしますね」と言い、近くに控えていた部下に目を遣る。
「お前も見習え。結婚の約束までした女に振られたと聞いたぞ」
言われた部下は落ち込んだ表情で渋々「はい」と言うが、信長も視線を向ける。
「そこまでの約束をして何故捨てられた?」
信長に直接話しかけられ緊張しつつも、政宗の部下は言葉を選ぶ。
「いえ、私にも非はあるのですが。忙しさにかまけてつい関係が疎かになってたのを横からつけ込まれたのです」
「ふん、他の男に獲られたか」
下らない、といった口調だが、表情は「気にするな」とも取れる気軽な笑みがある。
その笑みに緊張が緩んだのか、男は自分でも苦笑いした。
「最初は約束した逢瀬を守れなかった埋め合わせが疎かになったとか、そういう些細な物だったのですが。そのうち文を返すのが遅くなり会える時間を作れなかったりと続き、ついに愛想を尽かされました。出会った頃はお互い浮かれていたので何でもかんでもこまめに気遣い、僅かでも時間を作っていたのですが。そのくせ他の男が出てくると嫉妬してしまう自分にも呆れるのですが、どうにもなりませんね」