第36章 固陋蠢愚
底抜けに優しい、慈しむような触れ合い。
かつて私が、何よりも望んだ魔法を……。
どうして……。
「……っ、ふ」
「私とのキスは、忘れていないだろう?」
「……やっ、ぁ」
胸を押しても、離れてはくれない。
それどころか、口づけを深めるように舌がぬるりと入り込んでくる。
「…ぁ……い、ゃ……ぁ」
「私のキスが、皆実は大好きだっただろう?」
「……ぅ…ぁ」
「それとも……」
私の唇からわずかに唇を離して、その人が目の前で笑う。
「悟のキスを、好きになったかい?」
息が止まる。
胸を刺すような言葉に、心が揺らいで。
私が身体中に纏った無限のイメージがガラガラと崩れていく。
そうして、触れた呪力が……私の望まぬ答えを教えてくれた。
「……嘘、だよ……」
流れ込んでくる呪力は、間違いなく傑さんのもの。
忘れられない呪い。
愛しかった、大好きな……呪いだった。
「ほんと…に……傑さん、なの……?」
もう二度と触れることはないと、そう思っていた呪いが、どんどん流れてくる。
「ああ。……嘘偽りない答えが君に流れている。そうだろう?」
自己を提示する呪いを、偽りようがない。
流れてくる呪いが、大好きな呪いと同じなら。
この人が『夏油傑』なんだと、認めるしかないの。
「また会えて、嬉しいよ……皆実」
私だって……ずっと、会いたかった。
傑さんに、会いたかったよ。
大事な気持ちだったの。
傑さんに寄せた気持ちは、私にとってかけがえのない宝物だったのに。
なのに……。
「……はなし……て」
綺麗な思い出のままでよかった。
たとえ思い出が嘘に変わっていても、嘘に浸っていたかった。
こんな無様な泣き顔なんて、見せたくなかったよ。
大好きな魔法を、拒みたくなんか……なかった。
「……や…だ」
重なる唇が、ただただ痛い。
大好きだった笑顔が、こんなにも怖いの。
「や…めて……傑、さん」
私の抵抗を、傑さんは受け入れてくれない。
私が嫌がることを、傑さんは絶対にしなかったのに。
『君の幸せをいつも想っているよ』
待ち望んでいたはずの魔法が、どんどん呪いに変わっていく。