第35章 幼魚と逆罰
七海さんの瞳が濡れている。
それがとても怖いのに、目を逸らすことができない。
「これ以上の失血は命に関わるので許しません。その上で、アナタの呪力を流す方法が他にこれしかないから、そうするだけです」
「でも……」
「じゃあ綾瀬さんは、コップとキスしたと思いますか? 思わないでしょう? コップに口をつけただけ。認識はたったこれだけのはずです」
たしかにそうだけど。
でも、それとこれとは話が別。
私はそう思うのに、七海さんの意見は私とは正反対。
「私とアナタが今からすることも同じです」
同じわけがない。
だってどうしたって、七海さんのことを考えちゃうから。
「……七海さんのことを、意識しないなんて……むりですよ」
どんなに頑張ったって、目の前には七海さんがいる。
七海さんとキスしているんだって、考えないようにしようとすればするほど、考えてしまう。
「……無理じゃありませんよ」
そう言いながら、七海さんは優しく頭を撫でてくれる。
この優しい手を、意識せずにはいられないの。
「アナタの呪力を流すためだけの行為です。そこに何の感情も存在しません」
七海さんはそうなのかもしれないけど。
でも、私はそんなに上手に割り切れない。
「七海さんに……こんなことさせる、くらいなら……痛いままで、いいです」
呪いの声に苛まれたままでいい。
七海さんを苦しめるくらいなら、呪いに刺されたままでいい。
「……良くないから死ぬ覚悟で血を流したんでしょう?」
この痛みと、体の中を巡る喧騒から逃げ出したい。
本音を言えば今すぐに、逃げてしまいたいの。
でもだからって、そんな私の我儘に、七海さんを巻き込んでいいはずないの。
なのに……。