第35章 幼魚と逆罰
触れ合った舌先から、私の呪力が流れていく。
猛毒に等しいその呪いが、七海さんに流れて。
七海さんの頬が、その熱に浮かされて、赤く染まっていく。
(だ、め……)
特級呪術師さえも、熱に濡らすこの呪いを、七海さんが受けちゃだめなの。
「だめ……です……七海さん……」
私の呪いが、七海さんを呪う。
もう誰も、呪いたくなんかないのに。
「私が……っ…ぁ七海さんを……呪っちゃう、から」
このままじゃ。
七海さんが無条件にくれた優しさが、呪いのくれた優しさに変わっちゃう。
私の呪いにあてられて、七海さんが私に優しくするなんて嫌だよ。
七海さんのお小言を聞きながら飲むコーヒーが
突然用意されるご褒美のケーキが
七海さんと一緒に作る料理が
七海さんとの思い出全部、呪いに蝕まれて汚れちゃうから。
だから……。
「私の呪いを……ぅ…七海さんは……っ…受け取らな、で」
言葉で拒否しても、行き場を見つけた私の呪いは、七海さんに流れていきたくて暴れ出す。
嫌がってるくせに抵抗しない私は、いったい七海さんの目にどう映ってるんだろう。
「……っ、七海…さ、ん」
優しく舐め取るようなキスが、不意に止む。
七海さんが僅かに唇を離して、私をあやすように。
私の身体を抱きしめた。
「自惚れないでください、綾瀬さん」
厳しい口調。
なのに、私の頭を撫でる手は優しくて。
「あなたの呪いがいかに強力であろうと、我々は呪術師です。呪いに打ち勝つ術を持った人間です」
はっきりとした声音も、意思のある言葉も。
それらが全部、七海さんの心からの言葉だって分かるの。
「呪いに導かれるままアナタを襲うほど、私は落ちぶれてはいない」
抱きしめる腕が緩んで、私はまた七海さんと向かい合った。