第35章 幼魚と逆罰
優しい言葉が、静かな声音に乗って私の耳に届く。
「義務感からではなく、ただ単純に綾瀬さんが私を守りたいと思ってくれるのなら……アナタは誰よりもアナタ自身を守らなきゃいけない」
自分を傷つけることでしか誰かを守れない私に、七海さんは諭すように言葉を綴る。
「自分が無事でいることができて初めて、誰かを守れたと胸を張って言えるんです。自分と他人を両方守る……それが、誰かを守ると決めた者の務めです」
私の「守りたい」は、本当に言葉だけで。
心のどこかに「守れなくても仕方ない」って諦めと言い訳が存在していた。
でも七海さんは違うの。
確かな覚悟で誰かを守ってる。
こんな意思を見せられて、安易な考えしか浮かばない私に、返す言葉なんてないの。
「アナタがその力で誰かを守りたいと、本当にそう思うなら……アナタはその力を使いこなせるくらいに強くならなきゃいけない。……私のことも、アナタ自身のことも、守れるように」
どんな時でも、七海さんの意思は変わらない。
虎杖くんに言ったように、七海さんは七海さんを助けようとした私のことを決して褒めはしない。
だけど貶すこともしなくて。
ただ純粋に、私が本当の意味で『誰かを守る』ことを為せるように、その術を教えようとしてくれてる。
「それができない今は……こういうお小言にちゃんと耳を傾けて、ちゃんと尻拭いをしてもらいなさい」
役立たずの自分を。
足手まといの自分を。
呪ってしまいたいくらいなのに。
私の心に巣食う、私が生み出した呪いを、七海さんが祓ってしまうの。
「いつか、アナタが誰かにお小言を言って、その尻を拭ってあげられるように」
私の肩を掴んでいた七海さんの手が、私の頬に滑る。
「……誰かを守るために、今は守られることを学びなさい」
その言葉と共に、その唇が、私の唇に触れた。