第35章 幼魚と逆罰
※七海視点
「綾瀬が止血した?」
家入さんが私の身体にその術式を施しながら、少しだけ驚いたように声をひっくり返した。
「ええ。てっきり、アナタがやり方を教えたのかと」
「やり方教えてできるようになるなら、私の隈が少しは減るだろうな」
家入さんの言葉は、正しい。
反転術式はかなり高度な呪力操作を要する。
自分の体に施すことさえ高難度である中で、他人にソレを施すことができる人など、さらに数が絞られる。
だからこそ、家入さんは寝る暇のないほど多忙なのだ。
「綾瀬に反転術式が使えるなら、即刻非戦闘員側として活躍してもらいたいものだが」
家入さんは視線を横にずらす。
その視線の先には、簡易ベッドに横たわった綾瀬さんが眠っている。
「……重傷、ですか?」
「外傷はない。単純な傷の具合で言えば、七海の方が重傷だ」
つまり、少し複雑な事情も交えれば、綾瀬さんのほうが重傷ということだろう。
私の視線を受けて、家入さんは肩をすくめた。
「綾瀬の気絶は……体内呪力のキャパオーバーによるもの。反転術式でどうこうできるものでもない。可能な限り血は抜いておいたから直に目は覚ますよ」
「……血を、抜いた?」
私の問いかけに、家入さんは「なんだ、知らないのか」と呆れた声を出した。
「綾瀬は呪力を底なしに吸収できるけど、肉体と精神には底がある。キャパ以上に呪力を吸収すると身体がもたずに倒れたり、綾瀬が少し怪我をしただけでも大惨事になったり……所謂『存在が猛毒状態』になるんだよ」
そんな話は五条さんから聞いていない。
綾瀬さんがある程度呪力を制御できるようになったからなのか、五条さんは一言も私にそのことは伝えなかった。
「呪力の調節方法が……血を抜くこと、というわけですか」
「ああ。それと、体液の交換」
「……何ですって?」
私の反応に、家入さんはクスクスと笑った。