第35章 幼魚と逆罰
その呪文と同時、ツギハギの手に握られていたモノが異形へと変わる。
大きな耳朶をぶら下げた異形が、苦悶の声をあげながら私たちの前に立ちはだかった。
「人間を小さくしてストックしてるんだ。結構難しいんだよ? 一般人は形変えちゃうとそのうち死んじゃうけど、呪術師はどうかな?」
その手にいくつもの『元人間』を従えて、ツギハギは遊びを考えるみたいに言葉を吐き捨てる。
けれど、そんなツギハギの挑発に、七海さんは翻弄されることなく、時計を見つめた。
「17時半……今日は10時から働いているので」
そして、静かに、はっきりと。
「何がなんでも18時にはあがります」
そう、宣言した。
そして声が途切れるのと同時、七海さんは目の前の異形を躊躇なくナマクラで線分し、切断する。
そしてツギハギの動きに反応するように、その場を大きく飛び跳ねた。
「よく動くね」
けれどツギハギも同時の反射で攻撃を重ねる。
その手に持っていた『元人間』の形を変えて、そのまま七海さんに向かって投げた。
「七海さん!」
「人の心配してるなんて余裕だね、『綾瀬皆実』」
七海さんの加勢に入ろうと小刀を構えたところで、ツギハギに腕を掴まれた。
(大丈夫……っ、完全に触れてない!)
呪力の吸収を抑えるために体の周囲にまとった無限のイメージが、私とツギハギのわずかな距離を阻む。
「あれ? 漏瑚から聞いてた話とは違うなぁ」
私を壁に押しつけて、ツギハギは首を傾げた。
「アンタの場合、魂の形を変えなくても、俺から流れ込む呪力で人間やめちゃえるって聞いてたんだけど……おっかしいなぁ。何かしてる?」
(漏瑚って……誰)
そう考えて、先日五条先生と一緒に特級呪霊に襲われた事件を思い出す。
たしか、あの時の呪霊も私のことを知っていた。
とすれば、あの火山頭の呪霊と、このツギハギは繋がっていると考えるのに、時間はかからない。
けれど、私の思考はそこでストップする。
「まあでも、夏油の言ってた通り、君……とっても美味しそうだね」
ツギハギの顔が、近づいてくることすら、どうでもいいと思えるほどに。
(げ、とう……)
その名前が、私の思考を瞬間的にすべて奪った。