第35章 幼魚と逆罰
「こっち……ですね」
七海さんとともに、目星を立てた場所――地下水路に降り立った。
独特の下水の香りに、思わず表情が歪む。
同時に呪力の気配が一層濃くなった。
(吸収しないように……意識しなきゃ)
気を抜けば、簡単に相当量の呪力を吸収してしまうだろう。
五条先生の無限をイメージして、しっかりと身体を守る。
七海さんの後ろをついて歩くと、七海さんが私の前に手を掲げた。
「……下がっていてください」
《てずとまえ゛〜》
《こうえ゛ん〜いぐ》
七海さんの前に、例の異形が2体。
先刻同様、馬のように形を変えられたものと、体全体を膨満させられたものが、七海さんの前で愉快に飛び跳ねている。
「……悪趣味なことを」
七海さんはブレザーのボタンを外し、ナマクラを取り出す。
自らに向かってきた『元人間』たちを、七海さんは7:3できっちりと切断した。
そして、転がる肢体を見つめながら、七海さんは呟くように言葉を響かせる。
「出てくるならさっさとしてください。・異形・手遅れとはいえ、人を殺めるのは気分が悪い」
この言葉は私に向けたものではない。
けれどたしかに誰かに向けたもので。
(この……気配っ)
ジャブ、と水がひずんで音となる。
おびただしい呪力の気配を纏って、『ソレ』が現れた。
「いやぁ、良かった良かった」
明るい声音。
人のように言葉を話す……けれども、『ソレ』は人ではない。
「五条悟が来ても困るけど、あんまり弱いと実験にならないからさ」
身体中ツギハギだらけの呪霊が、私たちの前に現れた。
そして、そのツギハギは七海さんの背後にいる私の存在に気づいて、目を見張る。
「……あれ? もしかして『綾瀬皆実』じゃない?」
「なんで……私のこと」
どうして、この呪霊が私のことを知っているのだろう。
一度も遭遇したことはないはず。
これほどの気配なら、一度会えば覚えないないはずがない。
けれど、ツギハギは私の質問には答えず、嬉しそうに笑うだけ。
「うん、俺は運がいいね」
「残業は嫌いなので、手早く済ませましょう」
七海さんの声が低く鳴る。
同時、ツギハギの呪霊が七海さんにそのまま向かってきた。