第34章 心の師
「七海さんは……恋人はいらっしゃらないんですよね」
「なんですか、唐突に」
私の中では話が繋がっていたけれど、七海さんにとっては急な質問。
相変わらず口下手な自分に苦笑して、それでも私は質問を変えなかった。
「欲しくは……ないんですか?」
私の質問に、七海さんはすぐには答えない。
きっと、七海さんなら……その声がかからないことはなかったはず。
恋人がいないのは、きっとソレを七海さんが望んだからだと私は予想して。
私の視線を浴びた七海さんは、小さなため息を吐いた。
「私が呪術師である以上、相手を幸せにできるとは思わないからです」
そう言って、その感情ごと流し込むように、また苦いコーヒーを口にする。
「いつも死と隣り合わせ。愛する人を守ることができたとしても、自分が死なないとも限らない。逆も然り……呪術師とは、そういう仕事です」
静かに言って、七海さんは私のことを見下ろした。
「まあ……あまり言いたくありませんが、五条さんほどの実力となれば話は別です。あまり言いたくありませんが」
あえて2回も口にしたのがおもしろくて、苦笑してしまう。
だらしない顔をしてしまったことを咎められるかと思ったけれど、七海さんは特に気にすることもなく、話を続けた。
「想いのあり方は人それぞれです。結ばれることがすべてと考える人間もいれば、相手が幸せであればそれでいいと考える人間もいます。私は後者だったまで」
実際にそうだったのだろう。
七海さんの言葉には、どこか寂しさが刻まれていた。
大好きだった人に、想いを伝えることができないのは……とても苦しい。
それを私は知っていて、今でもそれが辛いのに。
どうして七海さんは、それでもその考えを変えずにいられるんだろうって。
余計なことかもしれないけど。
やっぱり気になってしまって、私の口は自然と動いていた。
「好き、って……伝えたいと思ったことはないんですか?」