第34章 心の師
私の不必要な問いかけに、七海さんはやっぱり怒ることはしなかった。
代わりに、諭すような言葉が降ってくる。
「好きと伝える必要はないと思っています。それは所詮……言葉に過ぎない」
その言葉が大事だと、ずっとそう思っていた。
だってどんなに想いを態度で表しても、やっぱりその言葉を人は望むもの。
でもそんな考えを覆すように、七海さんはその考え方を、教えてくれた。
「愛の言葉の代わりに……私は、その人に『特別』を与えることにしています」
そう口にする、七海さんの携える表情が、少しだけ柔らかくなった気がした。
「特別……?」
「ええ。内容は些細なことでいいんですよ。例えば、朝、1番に挨拶する相手はその人にするとか」
たったそれだけ。
でもそれを毎日重ねていけば、それは言葉以上に確かな想いに変わる。
相手の心に自ら刻んでいく思い出になる、と。
七海さんはそう言って、今度は味わうようにコーヒーを飲んだ。
「想いなんて、結局のところ自己満足の感情。伝えることがすべてじゃありませんよ」
私の凝り固まった考えを解すように。
七海さんが教えてくれる『心の在り方』が私の心を温かくした。
「ほら、食べてください。……そろそろ帰りますよ」
七海さんに促されて、私はそのショートケーキにフォークを通す。
「……七海さん」
「なんですか」
七海さんがくれたショートケーキは五条先生がくれたケーキとは少し違ったけど。
「とってもおいしいです」
「それは良かった」
ふわふわで甘い、そのケーキも……私は大好きになった。