第34章 心の師
「まあ、そうですね……黒閃を出せるようになったら、少なくとも私と同等…あるいはそれ以上でしょう」
七海さんが呟くように言って、私は首を傾けた。
「黒閃?」
「打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪み……威力は平均で通常の2.5乗とも言われているソレを出せれば、少なくとも一級レベルですよ」
そんな凄技の話をされてもポカンなのだけど。
七海さんはまた一口、コーヒーを飲んだ。
「連続で出せれば、かなりのアドバンテージ。けれどそもそも『黒閃』を狙って出せる術師は存在しませんからね」
「七海さんは連続で出したことがあるんですか?」
「ええ、まあ。ですが……」
七海さんはコーヒーを置いて、足を組む。
「黒閃を連続で出すのが凄いわけじゃない。2回以上出すなら連続…またはその日の内でないと難しいでしょう」
七海さんはまるでそのときのことを思い出しているかのように、手元を見つめて呟くように教えてくれる。
「1回目の理由はまぐれでも実力でもなんでもいい。黒閃をキメると術師は一時的にアスリートでいう『ゾーン』に入った状態になる。普段、意図的に行っている呪力操作が呼吸のように自然に巡る。自分以外の全てが自分中心に立ち回っているような全能感…とでも言うのでしょうか」
言い終えて、七海さんと目があった。
語る口調からして、七海さんがソレを経験したことは明白。
「七海さんは連続で何回出したことがあるんですか?」
私の問いかけに七海さんは深く息を吐いて、上を向いた。
「私の記録ですか? 4回。運が良かっただけですよ」
意図的に出すことのできないものを4回も。
たとえ偶然としても、それができたのはやっぱり七海さんが強いから。
もしそれくらい強くなれたら。
きっと私も誰かの役に立つ人間になれるはずだから。
「……やっぱり私は七海さんみたいに、強くなりたいです」
「何度も言いますが、五条さんの前でソレは言わないように」
七海さんが念を押すように言うから、思わず笑ってしまう。
そんな私たちのもとに、女性店員さんがお盆を持って現れた。