第34章 心の師
「用がないのなら、切りますよ」
『あー、待って。明日の朝、五条家のヤツが荷物持ってくるから。ソレの使い方、オマエから皆実に教えてやって』
「……まずは体術を鍛えるのが先です」
『そこはオマエに任せる。とりあえず受け取るだけ受け取って』
常に軽薄であるくせに、ごく稀に真剣な頼みを混ぜてくる。
それがこの人のやり口だ。
けれど断る理由もない上に、了承しなければ通話が終わらないのだから、私はOKを出すしかない。
『じゃあ、次は皆実が起きてる時に連絡するわ』
「その暇を使って仕事をしてください。アナタ、実は多忙でしょう?」
『皆実より優先すべき仕事なんてねぇよ。じゃあな』
綾瀬さんのことだけを話して、五条さんは通話を切った。
(本当に……あの子が大切、ということか)
昔のあの人を知っている身からすると、驚き通り越して重い病気にでもかかったのではないかと思うくらいなのだが。
そんなことをしみじみ思いながら、部屋に戻る。
真っ直ぐに自分のベッドへ向かったはずなのだが、人の性というものだろう。隣で眠る人の顔を見てしまうのは、無意識なことだ。
けれど、無意識とはいえ、その顔を見て私は目を離せなくなった。