第34章 心の師
と、まあ……七海さんとの距離を少し縮められたと思っていたんだけど。
「綾瀬さん、アナタは痴女ですか?」
呆れるような声音で軽蔑の言葉が、室内に響いた。
というのも、全部私のせいなんだけど。
事は10分程前に遡る。
夜も遅い時間になってきて、七海さんの厚意で、先にお風呂を済ませた私は、寝室で棒立ちになっていた。
五条先生から支給された驚くほどにシンプルな新しいパジャマを着て、私は寝る場所に悩まされていた。
(ナチュラルに寝室を教えられたけど、ココって七海さんが寝るところだよね)
予備の布団ってあるのかな。
そしたらリビングで寝るんだけど……。
最悪、リビングにあったソファーで眠らせてもらえるか尋ねて……。
いろんなパターンを想定する私の耳に、寝室の扉をノックする音が聞こえた。いつもプライバシーなど存在しないかのように扉は勝手に開くものだと思っていたから、ノックの音に思わず驚いてしまう。
「あ……どうぞ」
「失礼します。布団を移動させるので入りますよ」
寝室に入ってきた七海さんに、私は思わず固まる。
目をパチクリさせた私を見て、七海さんが首を傾けた。
「どうかしましたか?」
「眼鏡外して前髪下ろすと……雰囲気変わりますね」
「ああ……そんなことですか」
七海さんは興味なさげに、寝室のクローゼットを漁り始めた。
なんというか、昼間の髪を整えた眼鏡姿は近づき難い雰囲気だけど、こっちはこっちで……。
「カッコいいですね」
「安直な発言は感心しませんよ」
私の呟きに、七海さんがしっかり反応した。
安直でもなんでもなく、事実として、七海さんの素顔は整っていた。
やつれてるけど、それを加味しても男の人って感じがして、一般的に「カッコいい」と称する顔立ちだった。
けど、わざわざ口にすることでもなかったかと反省して。
私は七海さんに歩み寄った。