第34章 心の師
「早く注いでください」
「……あ、グラスにビールを注げばいいですか?」
「違います。水を注いでください」
七海さんがため息を吐いて、言葉を付け加えた。
「未成年者がいるのに飲みませんよ」
「そんなこと言ったら、私がいる間ずっと飲めないですよ」
「……フー」
私の言葉に、七海さんは葛藤するように上を向く。
深いため息がなんだか面白くて、笑いそうになるのを堪えた。
「じゃあこれも必要最低条件に加えませんか?」
私はそう提案して、冷蔵庫の中から七海さんのビールと、アップルジュースを取り出した。
「私がいても七海さんは七海さんの飲みたいものを飲む。私も七海さんがお酒を飲む時はジュースを飲みます。これでどうでしょう」
冷蔵庫の中で唯一異質なアップルジュース。
封の開いていないソレは、おそらく七海さんが、居候する私のために予め用意してくれたもの。
何も言わないけど、きっとそうなんだろうなって分かるから。
そんな提案をして、尋ねるように首を傾げてみたら、七海さんは降参するように額を抑えた。
「お言葉に甘えます。……ですが、今日の食事に合うのはビールよりワインでしょうね」
七海さんはそう言うと、キッチンの奥に置いている棚を開けた。
よく見ると、ワインボトルがいくつも仕舞われている……所謂ワインセラーというものが置いてあった。
「初日ということで、せっかくですから良いワインを開けましょうか」
「飲むのは七海さんだけですけどね」
「気持ちの問題でしょう」
七海さんとそんな軽い言葉を交わす。
少しだけ七海さんとの距離を縮められた気がした。
その後食べたペペロンチーノは、なんとも言い表しがたいくらいの美味だった。