第34章 心の師
「それから、私とアナタが一緒に生活する上での必要最低条件を決めておきましょう」
「必要最低条件……?」
「ええ。私からは1つ、綾瀬さん自身の身体能力の強化です。私と行動する中で、私が必ずアナタを助けられるという保証はありません。ですから、これから毎日私と体術の稽古を」
「え…いいんですか?」
「職務時間に行いますので問題ありません。それにアナタにはある程度動けるようになってもらっていた方が、後々の私の手間も省けるでしょう」
一気に話して、七海さんは大きく深呼吸をする。
そして、メガネのブリッジに中指を押し当てた。
「私からは以上です。次、綾瀬さんから私に1つ条件を。複数あるのなら、すべて提示していただいてもかまいません」
思ってもない言葉に戸惑ってしまう。
居候の身で条件なんて図々しい気しかしない。
でも……。
「何でも良いんですよ。あくまで対等であるための条件です。私から1つ提示したので、アナタからも最低1つ私に条件を提示してください」
無いという意見はおそらく聞いてもらえない。
だからといって、これという条件は思いつかなくて。
「じゃあ……」
できるだけ、七海さんの負担にならない条件を考えたら、それしか思いつかなかった。
「暇な時でいいので……料理を教えてください」
私の提示した条件に、七海さんはわずかに口を開ける。
唖然としたような仕草の後、七海さんはすぐに無表情に戻って咳払いをした。
「……では、その条件で」
そうして七海さんが私に手を差し伸べる。
「今日からしばらく、よろしくお願いしますね。綾瀬さん」
「こちらこそ……よろしくお願いします」
差し伸べられた手に触れる。
七海さんは、意外に温かい手をしていた。