第34章 心の師
『じゃあ、皆実。……またね。…………オイ七海、皆実の写真毎日撮って送れよ。そして送ったらすぐオマエの端末から消せ』
そんなことを言い残して、五条先生は最後まで五条先生らしく、七海さんの家を後にした。
「やっとうるさい人がいなくなりましたね」
「……すみません。いろいろ」
私が頭を下げると、七海さんは「いいえ別に」と静かに答えた。
「まあ人前でキスするのはどうかと思いますが」
「……はい」
「あの人が相手なら力の差も加味して綾瀬さんは抵抗できないでしょう。抵抗する気があったかどうかは知りませんけど」
七海さんは淡々と言って、コーヒーを飲む。
けれど七海さんはこれ以上その話を長引かせるつもりはないらしく、コーヒーカップを机の上に置いて、姿勢正しく私と向き合った。
「改めてご挨拶を。七海建人です。等級は一級。残業は嫌いですので、私の任務に同行する際は迅速に行動を」
スラスラとテンプレのような自己紹介をして、七海さんは口を閉じる。
訪れた沈黙が、私の自己紹介の番だと教えてくれた。
何を言えばいいだろうと、私は視線だけ上にあげる。そうしたところで頭の中は見えないんだけど。
「綾瀬…皆実、です。等級はなくて……えっと、いろいろあって呪詛師の疑いで執行猶予つきの秘匿死刑になってたんですけど…このあいだの少年院の事件で、死んだことになってます」
そこまで告げて、七海さんの顔色を伺うように前を向く。
そうしたら、頭を抱えた七海さんが映った。
「な、七海さん?」
「……私の人生で5本指に入る奇抜な自己紹介ですね」
「え」
七海さん相手だから頑張って考えて、自分を紹介したのに。
(なんでだろう…)
そういえば学長面談の自己紹介も変だったって五条先生に言われたっけ。
何が変なのか、いまだに分からないんだけど。