第34章 心の師
静かになったスマホを見て、五条先生はわざとらしく大きなため息を吐く。
「あーーー……上層部のハゲ共の話なんか、クソほどつまらないんだから終了5分前スライディングで十分だっつーの」
「為になる話ではないという点に関しては同意しますが、社会人なんですから時間は厳守してください」
七海さんは静かに言ってまた一口コーヒーを飲む。
初めて五条先生と七海さんの意見が一致したことに、少なからず驚いたけど。『上層部』の人たちは七海さんから見ても気難しい方々なんだろう。
他人事のように思いながら、私は七海さんの淹れてくれたコーヒーに手を伸ばす。
けれど、私のコーヒーカップは五条先生に奪われてしまった。
「ちょっと、僕とのお別れの時間が迫ってるのに、何のんきにコーヒー飲もうとしてんの」
「美味しいコーヒーなのでつい」
「苦いだけじゃん、こんなの」
そう言って、五条先生が私のコーヒーカップを自分の口へと持っていき、そのまま一気に口の中に流し込んだ。
「五条先生!?」
私のコーヒーは角砂糖1個とコーヒーミルクを1カップしか入れていない。五条先生のコーヒーと比べたら格段に苦いのに。
「な、七海さん、水もらっていいですか!?」
「その前にちゃんと自衛してくださいね。綾瀬さん」
「え」
慌てて、席を立った私の腕を五条先生が引っ張って。
「……っ!」
ほろ苦い味が私の口の中に流れてくる。
五条先生が私に口移しでコーヒーを飲ませていた。