第34章 心の師
「五条さん、アナタ今日は上に呼ばれてるはずでは?」
七海さんがため息まじりに問いかける。
そんな話は聞いていなくて、反射的に五条先生を見上げたら五条先生が手をひらひらと振った。
「あーこれ終わったら行く」
「どうせどこかで伊地知君を待たせているんでしょう? 早く行ってあげたらどうですか」
「残念でしたぁ!! まだ予定時刻まで時間がありまぁーっす!」
五条先生がそう声を張り上げた瞬間、そのポケットでスマホの着信がけたたましく鳴り響いた。
けれど五条先生は一向にスマホを取り出さない。
「五条さん」
「五条先生」
私と七海さんの声が重なる。
五条先生は盛大なため息とともに「出ればいいんだろ、出れば」と言って尚も鳴り響くスマホを取り出した。
『五条さーーーーーん!!!』
通話ボタンを押すや否や、伊地知さんの声が地割れする勢いで響き渡った。
五条先生はスマホを耳には当てず、長い腕を伸ばして遠ざけてる。
「……何」
『今どちらに!? さ、さすがにもうこれ以上の遅刻は許されない遅刻になります!! 現在重要な用事の最中とは思いますが、何卒!! 何卒居場所を教えていただけないでしょうか!! お迎えにあがりますので!』
泣き叫ばん勢いで伊地知さんが懇願している。
声しか聞こえないのに伊地知さんがその場で何度も頭を下げている姿が想像できてしまう。
スマホから聞こえてくる悲しい叫び声に、七海さんがまた深いため息を吐いた。
「そんなに大声を出さなくても聞こえていますよ、伊地知君」
『な、七海さん!? え……ということは本当に重要な用事!?』
「オイ、伊地知。どういう意味だよ」
『ヒィッ!』
「アナタが常にろくでもない言い訳で遅刻するからでしょう。安心してください、伊地知君。こちらの用事も済んでいますから、私の自宅マンションへ迎えに来てあげてください」
七海さんに指示され、伊地知さんは敬礼でもしそうな勢いで『承知いたしました! 10分程で向かいます!!』と叫び、通話を切った。