第34章 心の師
「綾瀬さんはコーヒー飲めますか?」
私と五条先生をリビングに通して、七海さんが問いかけてくれる。
七海さんが何をしようとしているのか察して、私は手を横に振った。
「あ、いいですよ。お構いなく……」
「いいんだよ、皆実。七海は僕たちをもてなしたいのさ。好きにさせよう。僕は砂糖増し増しがいい」
「アナタはもう少し遠慮してください。……それで、綾瀬さんはコーヒーでいいですか?」
ため息まじりに五条先生に返事をして、七海さんは再び私に尋ねてくれる。
心なしか、私に問いかけてくれる時の声は優しい気がした。というのも、比較対象が五条先生だからそう思うだけなんだろうけど。
「コーヒーが苦手なら、紅茶も用意できますが」
もうすでに七海さんはカップを3つ用意していて、後はそこにコーヒーを注ぐか、紅茶を新たに用意するか、という状況。
事前にコーヒーは専用の機械で淹れていたらしく、部屋の中はコーヒーのいい香りで満たされている。
「コーヒーが、いいです。……けど、少しお砂糖とミルクをいただきたいです」
「分かりました」
私のお願いを七海さんは一つ返事で受け入れてくれる。
悪い人じゃないということは、この一連の会話だけで分かった。
七海さんがコーヒーをカップに注いで、まず私と五条先生の分を持ってきてくれる。私の目の前にコーヒーミルクを置いて、七海さんはまた自分の分を取りにキッチンに戻った。
「ねー七海、砂糖はー? 砂糖どこー!?」
「うるさいですね。テーブルの上の小さなポットの中に入っているでしょう」
キッチンから、七海さんの答えが返ってくる。
言われるままに視線を彷徨わせれば、テーブルの端にインテリアのようにして白い蓋つきの器が置いてあることに気づいた。
(……オシャレ)
「皆実、先に入れていいよ」
お言葉に甘えて、私は角砂糖を1つ取り、コーヒーの中に沈める。
シュガーポットをそのまま五条先生に渡して、ゆらゆらと揺れる角砂糖の周囲に円を描くようにしてミルクを落とした。