第34章 心の師
(……待って、今、私……)
五条先生とキスする0.2秒前。
もう鼻はくっついていて、あと数ミリ動かせば、唇が触れ合うところに五条先生がいて。
「……っ」
慌てた私とは真逆に、五条先生は冷静に顔の向きごと家主さんの方に向けた。
「遅ぇよ、七海。待ちくたび」
「失礼しました。ごゆっくり」
早口で言って、家主さんが扉を勢いよく閉める。
けど、その扉がガコンと凄まじい音を鳴らして止まった。寸前で五条先生が扉の隙間に足を引っ掛けたらしい。
(すっごく痛そうだけど……)
恐らく術式を使ってるから、足が挟まってるように見えるだけ。
扉を閉めきれずに、家主さんが大きな舌打ちをした。
「オイオイオイオイオイ七海ィ」
「人違いです」
「こんな不躾な後輩間違うわけないだろ。ったく、キスくらいで照れてないで開けろ」
「アナタはもう少し羞恥心を学んできてはいかがですか」
五条先生と対等に言葉を交わしている。
(たしか……五条先生の後輩さん、だったよね)
五条先生の後輩といえば、その代表は伊地知さんだ。常に五条先生に怯えて、五条先生の命令とあらば顔を青くしてでも「御意」と答える、あの伊地知さんだ。
五条先生の後輩さんは、みんなそういう人なのだろうと勝手に想像していた。
今回私を少しの間引き取るという話も、五条先生が無理矢理受け入れさせた話なんだろうって。
「いいから扉開けろよ、足が痛いだろうが」
「術式解いていただければ、開けますよ。一度閉めますが」
「オウオウオウオウ、じゃあこの扉ごと破壊してやろうか?」
「その柄の悪さでよく教職が務まりますね」
五条先生に怯むことなく言葉を返す。その家主さんが盛大なため息と共に私へと視線を移した。
「挨拶が遅れてすみませんね。初めまして、七海建人です」
「え……あ、綾瀬皆実です、初めまして」
「ねえ、扉開けてからやってくんない???」
扉に挟まれた五条先生を挟んで、私と七海さんは挨拶を交わす。
それが、私と七海さんの初対面だった。