第32章 反魂人形③
まだ、泣いてない。
言い訳するけど、泣きそうなの。
だってこんなにも好きなのに、五条先生を裏切ってる私にはやっぱりそれが言えないんだよ。
「……皆実にはさ、僕の世界で心の底から笑ってもらいたいんだよ」
それは、私と五条先生のはじまりの約束。
「どんなに周りくどいことしても、必ずその約束を守るって……僕は僕に誓ってる」
自分に誓っているから、誰に何と言われても五条先生はその意志を変えないんだって。
五条先生の確かな気持ちが伝わってくる。
「今のままじゃ、皆実は心の底から笑えないだろ?」
一度死ぬ前、たしかに私は笑えてた。
心の底から、今が幸せだって思えてた。
でも生き返ってから、また呪いに怯えて、うまく笑えない私がいる。
五条先生がバカやって笑わせてくれても、やっぱりそこには微かな遠慮が混ざってしまって。
今の私は、五条先生のそばで……心の底から笑うことはできない。
そのことを、五条先生は私以上に理解してるんだ。
「だから……ちょっとだけ、僕と離れてみよっか」
触れたままの手が優しく私の頬を撫でる。
五条先生の指に、私の目からこぼれた雫が伝った。
「また勘違いしてるだろ」
勘違いかどうかも、分からないよ。
でも五条先生と離れなきゃいけないって、それが事実なら……それは『お別れ』以外の何でもないじゃん。
勘違いなんかじゃなくて、それが事実じゃんか。
でも五条先生は全然申し訳なさそうな顔してなくて。
触れた手が、いつもと変わらず優しくて。
私の涙を拭いながら、五条先生はいつもみたいに私のことをバカにして笑う。