第32章 反魂人形③
「……ごめんなさい。でも……ふっ…五条先生……もう少し大人の対応してください」
言いながら肩が震えるのを止められなくて。
言葉に笑いが混ざってしまう。
絶対に「何笑ってんの」って怒られるなって思ったんだけど。
「おい、ガキンチョ」
五条先生が私から視線を逸らして、隣のボートにいる少年の頭に手を伸ばした。
「なんだよ、触るな! ナルシストがうつる!」
五条先生の手を跳ね除けようとしたその腕を五条先生が掴んで、ぐいっと引き寄せる。
「僕は水も滴るイイ男だけど、人に水はかけるなよ」
先ほどまでとは違う、静かな五条先生の空気。
その異様な雰囲気に気付いて、少年の文句の声が止まる。
少年がゴクリと唾を飲む音が盛大に響いて。
五条先生の手が少年の頭をくしゃくしゃに撫でた。
「でも今回は、お姉ちゃん笑わせたから許す。それと僕も余所見して漕いでて悪かった」
薄く笑んで、五条先生が少年に謝った。
そして、その向かいにいるお母さんにも頭を下げる。
突然の行動に少年もお母さんも驚いて。
「オレの方こそ……ごめんなさい」
少年が素直に謝って、五条先生が少年の頭をポンポンと叩いた。
少年との仲直りが済んで、私たちはまたボートを漕ぎ始める。
今度は最初から五条先生もボートを漕ぐのを手伝ってくれた。
「服濡れたままで大丈夫ですか?」
「まあそのうち乾くっしょ」
適当に言って、五条先生は私のことを見つめる。
「僕が見たかったもの見れたし、服が濡れたくらい安いもんだよ」
サングラスの向こう側、五条先生が優しい眼をしている気がした。
「やっと笑ってくれたね、皆実」
私の笑顔を、私よりも喜んでくれる五条先生の姿が、私の心をキュッと締めつけた。