第32章 反魂人形③
「ハイ、そのままこっちだけ動かす。そうそう」
私の手を誘導して五条先生がオールを漕ぐ。
五条先生が動かしただけで、その動きに導かれるようにボートの向きが正しい方へと転換した。
「……術式使いました?」
「どう使うんだよ。そもそも皆実に触ってんだから使えないし。僕の実力だね」
本当にビックリするくらい五条先生はなんでもできちゃう。
ボートを漕ぐ機会なんてそんなに多くないはずなんだけど。
(なんでこんなに上手なんだろ)
理由を考えたら、その考えに行き着いた。
「ボートデート、いっぱいしたことあるんですね」
辿り着いた結論を口にしたら、五条先生が笑顔のまま固まった。
「僕デート初めて」
「もうちょっとマシな嘘があるでしょうに」
「世界で一番嘘が下手な子に言われたくないんだけど」
五条先生がブーッと頰を膨らませて、私の手を離す。
五条先生の誘導がなくなった途端、ボートがあらぬ方向へとまた進み始めた。なぜ。
「五条先生、手離さないでください」
「繋ぎたい?」
「違います」
「そこは『繋ぎたいです』でしょうが」
やれやれといった様子で五条先生はまた私の手に自らの手を重ねる。そうしたらやっぱり、ボートの向きが正しい方へと直った。
「それにしても、心外だよね。こんなに一途な僕が誰とでもデートしまくるような男だなんてさあ」
「そうだったとしても驚きはしないって話です。……いい気はしませんけど」
「突然デレるのいい加減にしろよ、照れるだろ」
「なんでキレ気味なんですか」
私が眉を下げると五条先生が肩を竦めた。
「ボートの上ってさ、一番逃げ場がないんだよ」
「池の上ですからね」
「そう。相手の顔を見るか、景色を見るか、話をするかっていう……気を許してない人間と乗るのは結構苦痛なんだよ」
それが分かる時点で、そういう経験があるってことなんだと思うけど。
私がそんなツッコミを入れる前に、五条先生が身を乗り出してくる。