第30章 反魂人形
僕がそう告げると、七海は訝しむように口を開いた。
「伏黒君ではないでしょう?」
僕という存在を考えた時、真っ先に出てくる『子』は、恵。
それはおそらく、少し前の僕にとって共通認識だっただろう。
この数ヶ月のうちに、僕には大切な『子』が増えてしまった。
「虎杖悠仁。知ってるだろ」
「……亡くなった、と聞いていましたが」
「呪いの王を宿しているんだ。『死者を蘇らせる人形』なんてインチキとは、ワケが違うんだよ」
バーテンダーがそっと、カウンターにグラスを二つ置く。
黄金色の甘いカクテルを揺らして、僕は笑った。
「僕も多忙だし、オマエと冗談抜きで話せる機会は何気に貴重なんだ」
「アナタが今の呪術界を嫌っているのは分かりますが、私はこれでも規定側の人間です。宿儺の器に対して、アナタがどのような思惑を持っているのかは知りませんが……」
「宿儺の器じゃない。あくまで、虎杖悠仁という一個人についての話だよ、これは」
「それを切り離して話すことが許されるほど、彼は気楽な身の上ではないはずですが」
それも、オマエの言う通りだよ。
でも……。
「悠仁はさ、真っすぐな子なんだよね」
指先でグラスの縁を撫でる。
僕の触れた跡が呼応するように、高い音を響かせた。
「覚悟も度胸もある。戦いに必要な思い切りも。それでも、真っすぐすぎるところはある。そういう子は、一度でも心折れた時が心配なんだ」
「それを私に話して、どうしろと?」
「言ったろ? 僕は多忙でね。精神的な成長のケアまで手が回るとは言えない。一度オマエに預ける機会があると助かるよ」
「私がその頼みを聞くとでも?」
「だから頼んでるんだよ。呪術師にしろ、宿儺の器にしろ……一人の若人の、健やかな成長を願う大人として」
真面目に、言葉を綴る。
僕が七海に語ることは9割9分が嘘と冗談で出来ている。
その代わり、残り1分の真面目な話が、僕の本気を伝えてくれる。
「人の痛みが分かる大人に預けたいからね、オマエみたいに」
これが、今回七海の任務に付き添った理由の一つ。
「これが呪術師としての頼み。そしてもう一つ、男としての頼みがある」